8年間の空白と、再起の軌跡
エリート街道とは無縁でした。
だからこそ、「学ぶこと」の痛さと喜びを知っています。
8年間の不登校と挫折
社会とのつながりが希薄で、世間知らずだった私。「学校の勉強」の意味が見いだせず、8年間もの時間を「勉強時間ゼロ」で過ごしました。周囲が進学し就職していく中、焦りと無力感だけが募る日々でした。
米国留学と異文化での覚醒
「環境を変えれば、自分も変われるかもしれない」。その一心で渡米し、約5年間を過ごしました。現地の大学へ進学し、必死で食らいつきました。しかし、異国の地での就職の壁は厚く、失意の中での帰国。それでも、「自ら問いを立て、主張する」という欧米式の学びの姿勢は、私の血肉となりました。
「知識科学」との出会い
帰国後、「なぜ私は学べなかったのか?」「より良く学ぶとはどういうことか?」という問いへの答えを求め、北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)へ進学。ここで、知識創造やシステム論に基づく「知識科学」に出会い、私の学習観は劇的にアップデートされました。
国立大学教員として
その後、山口大学で助教を務めながら博士後期課程でも研究に従事。富山大学教育学部や明治大学サービス創新研究所でも教壇に立ちました。「かつて落ちこぼれだった自分」と「研究者としての科学的知見」。この2つが融合した時、誰にでも再現可能な独自のメソッドが完成したのです。